からだと自然
偽善? 苦手? 日本でオーガニックが浸透しない理由

Glass Story
日本で浸透しないオーガニック
無農薬や無添加といった「オーガニック」は、すでに欧米ではオーソドックスな文化になりつつある。
環境保全や健康管理のためにオーガニックを愛用すること自体が、自分の思想的な立場を表明する一つのメッセージとさえなっているという。
一方、日本ではオーガニックの文化が浸透しない傾向にある。
オーガニックを熱心にうたう人々の雰囲気が苦手だったり、有機だ環境保護だと言う意見が「偽善」のように映るのかもしれない。嘘くさいという印象を持つことも多かったり、生理的な抵抗感を抱くこともあるのだろう。
それでは、一体なぜ日本でオーガニックが浸透しないのか。抵抗感を抱くのか。
そこには、自然保護に関する意識の低さというよりも、もっと根底にある日本人、東洋人の精神性が理由として挙げられる、と僕は考える。
西洋と東洋の自然観の違い
オーガニックというのは、文字通り、西洋の価値観や思想が下敷きとなった言葉だ。
このオーガニックの根底には、「人類が自然を守る」という一神教的な自然観がある。また別の見方をすると、「人類が身体を管理する」という身体観がある。
オーガニックだけでなく、サプリメント、ジムやボディビルディングには、そのような共通した思想が底流している(だからオーガニックと、他に列挙した例は矛盾しない。むしろ歩調を合わせる)。
一方、日本の場合、人類よりも自然の方を上位の階層、高尚な存在としてとらえるため、自然の「保護」や「管理」といった感覚が馴染まない。
僕たちは、「自然体」を心地よいという風に感じ、より壮大な力(「流れ」に任せたり、「空気」にしたがう)に身を委ね、肩肘張って「する」のではなく、「なるようになる」ということを好む。
だから、「オーガニック」や「エコロジー」、「生物多様性」といったことを声高に謳われること自体に「不自然さ」を覚えるのだ。
江戸時代までは、その「自然体」を重んじる、ということが食や農、文化と繋がっていた(歩調を合わせていた)。
しかし、明治維新以降、ものごとの中核に近代思考という西洋の思想が居座ることになった。一方で、民衆の側には相変わらず「天=お上」に従って自然体を求める傾向が続いた。
その結果、「人類が自然を管理する」という近代化の負の側面だけを受け継ぎ、「自然体」で自然を破壊するようになっていった(それゆえに、欧米のようにカウンターカルチャーとしての自然保護の気運に欠けるのだ。それは向こうで「オーガニック」と「ロックンロール」が結びつくことからも分かる)。
日本という国は大きな恐ろしい機械になってしまって、その機械が狂ってその国土を鉄の歯で食いちぎろうとしているのに、誰もその機械を止めることができない。そう考えると、背中にゾッと冷たいものが走ります。
コンクリートで塗り固めること、農薬や化学肥料を振りまくこと、自然を守らない、体を気遣わないということが「自然体(自然食品を選ぶことは不自然だ)」となっているのである。
自然よりも自然体を重んじる
日本人が、自然を愛する心を失ったというわけではないと僕は思っている。
単純な自然保護とは違うが、自然の深いかなしみを描写したジブリの映画も、老若男女から絶大な人気を得ている。
公共工事ばかりを押し進めたり、本気で原発を止められなかったり、オーガニックが浸透しないと言っても、だから日本人が自然を愛していない、ということではない。
ただ、〈自然〉に対する愛し方や向き合い方が分からなくなっているだけなのだ。
思想としての「無印良品」- 時代と消費と日本と- / 深澤徳
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